池袋でバーを始めて早3年。ケイスケはカウンター越しに昔の仲間との再会を喜んでいた。​

「まさかケイスケがプロ野球選手にならずにバーのマスターになるとは夢にも思わなかったよ。」

 

そう言うと、カイトはグラスの氷を指で回した。 

 

「もうすぐあいつも来るから。3人で集まるのってなんか久しぶりだよな。」

「俺は立場上飲めないですけどね~」

ケイスケはグラスを拭きながら苦笑いをした。

「今日は沢山飲んでってください!カイト君達、稼いでるでしょ(笑)。せっかく店を貸し切りにしたんだから売り上げに貢献してってくださいね。」

3つ上のカイトを兄のように慕っているケイスケは久しぶりの再会を喜んでいた。

 

暫く話していると店の扉が開いた。

「ごめん、遅くなった。」

 

ハヤトは申し訳なさそうに言って、ジャケットを椅子にかけてカイトの隣に座った。

「久しぶり! ハヤト! いらっしゃい。」

「久しぶり。ケイスケ君元気だった?」

 

彼ら3人は昔同じ少年野球チームで汗を流した球友で、将来プロ野球選手になって同じチームに入ろうと誓い合った仲だ。

 

カイトとハヤトは夢を叶えて二人共念願のジャイアンツに入団した。

 

しかしケイスケは高校最後の夏が終わった直後から飲食店を経営したいと言いだし、野球を辞めてしまった。

 

それでも年に1度、カイトとハヤトがオフの時にはこうして3人集まるようにしていた。

昔話が盛り上がり、外もうっすら明るくなってきた時、ハヤトはケイスケに言った。

 

「そう言えば、妹がこっちに帰ってきてるよ。 またバーで働いてるみたい。」

 

「え?ジュジュが?」

 

それは2年前までうちの店に在籍していたジュジュが日本橋のバーで働いてるらしいという話だった。

 

ジュジュはケイスケが今の店を立ち上げた時にハヤトの頼みで採用した1人目の従業員だった。

 

ハヤトからその話を聞いたケイスケは居ても立っても居られなくなり、すぐにその店のホームページを探し出して翌日その店に向かった。

 

店に入ると、カウンターでカクテルを作っている女性が目に入った。

 

「ジュジュ・・・」

 

2年の歳月の重みだろうか、ジュジュは以前よりも少しふっくらしているように見えた。

ジュジュはケイスケを見ると一瞬驚いたような表情になり、みるみるうちに顔が引きつっていった。

 

「やあ、久しぶりだね。」

「どうして知っているんですか?私がここにいるの」

「うん、たまたま人伝に聞いてね、まさかとは思ったけど。」

「お兄ちゃんね・・・」

 

ジュジュはそれ以上は何も言わなかった。久々の再会を喜ぶでもなくジュジュは機械的に言った。

 

「何飲まれますか。」

「いや、今日はそういうつもりじゃなくて、ただ話したくてね。」

「はぁ」

 

完全に気まずい空気が漂っていた。

 

ケイスケはいろいろ話しかけたが、ジュジュは頷くばかりで会話が成立しなかった。

 

 

3年前、今のバーを立ち上げて1番最初に採用したのがジュジュだった。当時まだ二十歳になったばかりのジュジュが在籍していたのは半年くらいだった。

 

その頃、ジュジュは父親からの暴力が原因で大学を辞めたばかりで毎日暇をしていた。

そのせいか、週に6日は店に来ていた。来ていたといっても立ち上げたばかりの店だから当然客も来なくて暇だった。

 

ケイスケが面接予定の人と電話対応などをしている横で、ジュジュはいつも事務所のソファに座ってお菓子を食べながらテレビを見ていた。

 

面接のやり取りが一段落すればジュジュと他愛もない話をしていた。 やがて、従業員も増えて客も入りだしたが繁盛と呼ぶには程遠かった。

 

ケイスケが体調不良の時は代わりにジュジュが面接をしてくれたこともあった。

 

1日の仕事が終わっても、最後まで店にいるのはいつもジュジュだった。

 

売り上げ的にはかなり厳しい毎日だったけど、ジュジュと一緒に過ごす時間をケイスケは楽しんでいた。

 

他の従業員が急に休んでも、ジュジュだけは文句や嫌味ひとつ言わずに毎日来てくれた。

 

店のホームページを作る事になった時も、二人でああでもないこうでもない、ここをこうしたらいいんじゃないかといろいろアイデアを出し合った。

ホームページが完成した時はお互い嬉しくて狭い事務所でハイタッチなんかしてバカみたいに盛り上がった。

 

ジュジュがいなければきっとあまりの現実の辛さにケイスケの心は完全に折れていただろう。

ジュジュはケイスケにとって恩人そのものだった。

 

その後はなんとか客も入るようになり、店が軌道に乗り始めた矢先にジュジュは店を辞めた。 目標の金額を貯金できたからという理由だった。

ケイスケは戸惑ったが、そんなジュジュを快く送り出した。

 

ジュジュは通信制の大学に行って資格を取り就職したいといつも言っていた。その夢への第一歩を踏み出したジュジュ。

 

しかし、それから2年経ってジュジュは再びバーの世界へと舞い戻っていた。

ケイスケの目の前にいるジュジュはニコリともせず、ただ無表情でケイスケの質問に敬語で答えるだけだった。

ケイスケの顔を見ようともせず、他人行儀に敬語で接するジュジュを見て、ケイスケは自分の行動が迂闊だったことにようやく気付いたのだった。

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